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キョウコはケータイが嫌いだった。


「何だか縛られてる感じがして気持ち悪い」


確かに、電源を入れている限りいつでもどこでも呼び出され
居留守を使っても、着信履歴やメールが残っていれば返信しなければならない。

それを聞いた時「やっぱり猫だな」と苦笑したのを憶えている。


キョウコは「あとで」と言ったが、
ケータイを持たないキョウコと、どうやって連絡を取れば良いのだろう?

病室かキョウコの家の前で待つべきなのだろうか?

やれやれ、あの猫ときたら・・・・と苦笑しながら
中庭からヒメの父親の病室を見上げると
窓からキョウコが面白そうに私とタカラを見下ろしていた。


タカラは無表情のまま走って行った。


病院で走っちゃ迷惑だよ・・・・と呑気な事を考えつつ
私はそのままキョウコを待った。


キョウコは散歩でもしているかの様に、のんびりとした歩調でやって来た。


「おかえり」


言いたい事や聞きたい事が多過ぎて、それだけ言うのがやっとだった。


「主義に反するけど、まぁ仕方ないよね」


キョウコはパンツのポケットからケータイを取りだした。


「今から、ウチ来る?」


相変わらずキョウコは独特のペースで話を進める。

頭の良過ぎる子が、数学の問題で過程を省略して解答を書いてしまうのと似ている。

本人にとっては自明の理なので、解答までの道筋を説明する必要を感じないのだろうが
凡人にはそれが怠惰や傲慢に見えてしまう。

そんな事を考えている自分に気付いてハッとした。


私はいつの間にか、キョウコの側に立って考えている・・・・。

タカラに指摘されていなければ、今も気付きさえしなかっただろう。



私は覚悟を決めて大きく頷いた。






歩きながら私たちは互いのメアドを交換したり
来週から始まる学期末試験の範囲等を話したりした。

キョウコの家までは歩いてもほんの30分程度だった。

広い敷地に古色蒼然とした門構え・・・・・


「いつ見てもボロい家だなぁ。
虫多いから気を付けてね」


キョウコは見事な石庭を迂回し、元は茶室だったという離れへ案内してくれた。

私の母の実家もそうなのだが、京都の古い家は自由に改築する事が許されない。

21世紀にもなって、昔ながらの鉛ガラスに木枠の窓・・・・という家が多い。

改築するお金が無いわけでも吝嗇なわけでもない。

「文化財保護」と称して市・府・国によってガンジガラメにされている為だ。



そしてその「文化財製の檻」の中では、
いつもと違い真っ赤な顔をしたトモエが待っていた。
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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

選択

病室を出ると、不機嫌オーラを全身から放出中のタカラが立っていた。

私と目が合うと、タカラは片眉を歪めて立ち去ろうとした。

いつからそこに居たのだろう?

私は反射的にタカラの腕を掴んだ。


「離せ」


タカラがヒメ以外の人間に触れられるのを嫌っているのは知っていた。

気位の高いワガママなペットが、主人以外が触れようとすると
毛を逆立てて牙を剥くのと似ていた。


「聞きたい事が有るんだけど・・・・」


タカラは一瞬目を逸らし、私の手を振りほどいた。


「アイツ等に聞かれたくないんだろ?」


そう言ってタカラは歩き出した。

これは「許諾」と考えていいのだろうか?

私は慌ててタカラの後を追った。




病院の中庭で、私たちは互いに慎重に距離を置いて向き合った。

何をどこから切り出せば良いのだろう?

タカラはどこまで気付いているのだろう?


「キョウコがヒメに近付いても我慢してるのは、何故?」


タカラは警戒心を顕わに、目を細めて吐き出す様に言った。


「ヒメがキョウコを好きだから」


予想通りの、当たり障りの無い答えだった。


「キョウコとヒメって、よく見ると似てるよね。
・・・・・トモエよりも」


「・・・・例えば?」


タカラは私の問を全否定はせず、用心深く問い返してきた。


「例えば、指とか、耳とか・・・・・」


「あの二人は、たぶん同じ造りだと思う。
違うのは表面の色と、ちょっとした肉の付き方と、アタマの中身だけ」


やはりタカラは気付いていたのだ。

私なんかよりずっとずっと昔からヒメだけを見続けていたタカラが
「ヒメとそれ以外」の違いに気が付かないはずは無かった。


「オマエもキョウコに誑かされたんだな。

オマエ、以前は観察するだけだったじゃないか。

何を見ても何を聞いても、ただ傍観するだけ。

俺はオマエのそういうトコ、結構認めてたのにな」


ここにも私を「観察」していた人間がいた!

私は何て迂闊だったのだろう。

私はいつの間にか傍観者の立場を忘れて事態に介入し
そしてその事をタカラに指摘されるまで自覚さえしていなかったのだ・・・・。


「で、オマエはこれからどうする気?」


「キョウコや、その周囲の人間は面白いのが多いでしょ?

だから出来るだけ距離を保って見ていたいんだけど・・・・
たぶんキョウコを気に入り過ぎちゃってるから、もう無理かな。

諦めて『友達』になってみる」


「ふうん」


後から考えてみると、それは大きな分れ道になっていたのだが
その時私は(おそらくはタカラも)当然の成り行きとしか感じなかった。

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類似

翌日ヒメの父親の病室を訪れると、やはりそこにはキョウコがいた。

私が目礼すると、ヒメはいつも通り全く気付かなかったが
キョウコは笑顔で応えてくれた。



キョウコと話がしたかった。

キョウコがいない間に起きた出来事を報告したかった。

キョウコがこの一月半何を見て何を経験してきたのか聞きたかった。


「あとで」

声に出さず唇の動きだけでキョウコが伝えて来た。

私も無言で頷き、病室を立ち去る前に改めてヒメに目を向けた。


ヒメは右手で父の手を握り、左手でキョウコの手を握っていた。


ヒメがこんなにも誰かに頼る姿を初めて見た。



私はその細くて白い指をぼんやりと見つめながら、
綺麗な子は指の形まで綺麗なんだなぁ・・・・
と不謹慎な事を考えていた。


付け根から指先に向かって円錐状に細くなっていく「少女漫画みたいな指」に
椎の実型の細長い「つけ爪の様な爪」。


その時ふとキョウコの指を見て驚いた。

日焼けして、ところどころ白い傷跡が浮いているキョウコの指は
色こそ違え、骨格も爪の形もヒメと全く同じだった。


私は二人の顔を見比べた。

確かヒメの父とキョウコの母は又従兄妹だという噂を聞いた事が有る。

だから同じ指の形なのだろうか?

トモエの指はどんな形だったろう?


キョウコとヒメの横顔を見比べて、更にもう一つの相似点をみつけた。

顔自体は特に目立った類似点は見当たらなかったが
二人の耳は形も大きさも全く同じだったのだ。


たった1/16の血の繋がりで、ここまで遺伝的特徴が重なるものなのだろうか?


そして私はヒメの父親の指に、次に耳に目をやった。




違う。






私の中に新しい疑問が湧き上がった。

できるだけ早くトモエの指と耳を確認しなければ・・・・。

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惨劇

キョウコの失踪から一月が過ぎ、ピリピリした空気が限界に近付いていた頃
ヒメの両親と兄が乗った車が、高速での多重事故に巻き込まれた。

母親と兄はほぼ即死、父親は意識不明のまま生死の境を彷徨い続けていた。

ヒメの父方は早逝の家系で、他に近しい親族はいなかった。
母方はアメリカに伯父がいるそうだが、事情が有って義絶状態になっているらしい。



ヒメは外界の全てを遮断して、命綱の様に反応の無い父親の手を握りしめていた。

誰が諭しても脅しても、ヒメは父の傍を離れようとしなかった。

担任の教師が慰めても
タカラが無理矢理引きずろうとしても
ヒメの両親と親交の有った大人たちが理屈を説いても

・・・・・何日も、何日も・・・・・。


私はヒメにかける言葉を持たなかったし
ヒメにとって私は背景と同じ「その他大勢」にしか過ぎない事を知っていたが
キョウコに報告する為にできるだけ成り行きを「見て」いなければ、
という自分でも理解しがたい義務にも似た気持ちで

毎日ヒメの父親の病室に花を持って行き、私に気付きもしないヒメを20~30分観察して帰る

というのを日課にしていた。




キョウコ、早く帰って来ないと、きっと物凄く後悔するよ。


家族を亡くして打ちのめされているヒメよりも
ヒメが必要としている時に傍に居なかった事で傷つくキョウコが心配だった。






その日も「日課」として病院に花を持って行ったが
そこにヒメの姿は無かった。

看護師に訪ねてみると、少し前に帰宅したという。



キョウコが帰ってきたのだ、と直観した。

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精神安定剤

「しばらく行方不明になってみようと思うんだ」


キョウコは楽しそうに宣言した。

キョウコの言った意味をすぐには理解できなくて
そして理解してからは、心配と期待が猛烈な勢いで湧いてきた。


「資金は、たぶん充分だと思う。
留年しない程度のところで戻って来る予定だけど
どこまで捕まらずに行けるかが問題かな」


「楽しみに待ってる」


詳しい計画を聞いてみたかったが
聞いてしまうと引き留めてしまいそうだった。

だからそれ以上は聞かない事にした。




そして翌日からキョウコは消えた。

無断欠席の翌日担任から
キョウコさんは病気で入院したが家族以外面会謝絶なのでお見舞いは遠慮する様に
と告げられた。



ヒメはいつもの様に傍目からは何を考えているのか解からない様子で
ぼんやりとキョウコが座っていた席を眺めているだけだった。

キョウコがいなくなった事でヒメを独占出来たタカラは
最初こそご満悦だったが、日を追う毎にイライラして落ち着きが無くなって行った。

ショーゴは以前より更に明るく振る舞っていたが
いつも付けている手首のサポーターの下には
おそらく私の想像通りの物が隠されているのだろう・・・・。

その他にも、私が思っていたよりもたくさんの人々が
キョウコの不在に動揺していた。


キョウコは、あの魅力的な野良猫は、
いったいどれだけの縄張りを持ち、どれだけの人間を誘惑していたのだろう?





そして最も激しい反応を起こしたのがトモエだった。


トモエはほとんど学校に来なくなり、何度か「本物の」発作さえ起こした。

取り巻きの気を惹く為の演技ではなく、本物の怯えと不安を浮かべ
ささいなきっかけで壊れた蛇口の様に涙を流し続ける様になった。

どうやらキョウコはトモエの精神安定剤の役割を担っていたらしい。

担任の話を信じた者達は
トモエの事を「妹想いの繊細で優しい姉」だと思い特に疑問に思わなかった様だ。


もしかしてトモエがキョウコに抱いている感情は
私が考えていたよりもずっと深くて重いものではないのだろうか?


キョウコとトモエの間にどんな暗い事情が潜んでいるのか
どうしても知りたい、と思った。

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